いい妻いい母を演じるうちに自分を失っていた|ある朝気づいた違和感の正体
いつもと変わらない朝でした。
布団を整えながら、ふと手が止まりました。
何のために生きているんだろう。
私の価値って、なんだろう。
このままでは、人生終われない。
どこからともなく、そんな言葉が浮かんできました。
泣いていたわけでも、何か辛いことがあったわけでもありません。
ただ、普通の朝に、突然内側から何かが溢れてきました。
そのとき私は、気づいたのです。
ずっと「いい妻、いい母」でいようとするうちに、
いつの間にか、自分を見失っていたということに。
すべてを一人で抱えていた

夫は娘が1歳のときから単身赴任でした。
料理、洗濯、家事全般。
フルタイムの仕事。
保育園への送り迎え。
娘が熱を出せば仕事を早退して、看病して、また仕事に戻る。
休めないときは病児保育に預けて、心配しながら職場へ向かいました。
それでも娘は可愛かった。
だから頑張れた。
頑張るしかありませんでした。
夫に弱音を吐いたことは、ほとんどありませんでした。
遠くにいる人に心配をかけても仕方ない、と思っていました。
だから「上手くやっているよ」とだけ伝えていました。
でも今思えば、それが良くなかった。
私がどれだけ悩んで苦しんでいたか、夫は知りませんでした。
私が言わなかったから、知る由もなかったのです。
たくさんの不安がありました。
心配もありました。
孤独もありました。
でもそれを誰かに話すことも、助けを求めることも、なぜかできませんでした。
「ちゃんとやらなければ」という気持ちが、いつも先にありました。
そして、もう一つ。
当時の私には、夫への愛情がありませんでした。
ずっと夫にも自分にも嘘をついていました。
気づいたら、「自分」が消えていた
ふと気づいたとき、私には「自分のためにしていること」が何一つありませんでした。
好きなことは何か。
やりたいことは何か。
考えようとしても、何も出てきませんでした。
仕事、子育て、家事。
その繰り返しの中で、いつの間にか「私」が消えていました。
消えていたことにさえ、気づいていませんでした。
誰かのために動くことが当たり前になりすぎて、
「自分はどうしたいか」という問いを、
ずっと持ったことがなかったのだと思います。
追い詰められたとき、スイッチが入った
ちょうどその頃、仕事を失いました。
40代で子どもがいる。それだけでリストラになる会社でした。
追い詰められていました。このままではいけない。
そしてはじめて、自分のために生きようと思いました。
それまでずっと後回しにしてきた「自分の人生」が、
急に目の前に現れた気がしました。
怖かった。
でも同時に、どこかほっとしていました。
もう「いい妻、いい母」を演じ続けなくていい。
そう気づいた瞬間でもありました。
そこから私は、本格的に動き始めました。
あなたの中に、言葉にならない違和感はありませんか
うまく説明できないけど、なんとなく疲れている。
毎日こなしているけど、何かが空っぽな気がする。
頑張っているのに、満たされない。
自分が何をしたいのか、わからない。
それは弱さじゃありません。
おかしいわけでもありません。
ただ、自分の声を長い間、聞いていなかっただけかもしれません。
私がそうだったように、その違和感は「気づいて」と言っている自分自身の声です。
無理に答えを出さなくていい。
今すぐ何かを変えなくていい。
ただ、その感覚を無視しないでほしいのです。
あなたの内側にある声は、ずっとそこにあります🌷
この朝の気づきがその後どう変わっていったのか。
このブログで少しずつ綴っています。
よかったら他の記事も読んでいただけたら嬉しいです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。