こんにちは、ともこです。

毎朝、ヨガをします。

特別なことは何もありません。

ヨガマットを広げて、体を動かす。それだけのことです。

でも、それだけのことで、その日の体が変わる。

その実感が、ヨガを毎日続けさせてくれています。

今日は、10年以上ヨガと付き合ってきた私が、ヨガが毎日の習慣になった理由をお話しします。

ヨガとの10年以上の付き合い

ヨガを始めたのは、10年以上前のことです。

その間、ピラティスに切り替えた時期もありました。

ピラティスは体幹を鍛え、体を効率よく動かすことができる。

当時の私には、それが心地よかったのだと思います。

でも、あるとき気づきました。

私が求めているのは「動」ではなく、「静」なのかもしれない、と。

ピラティスの力強さよりも、ヨガの静けさの方が、深いところで心地よかった。

その感覚に従って、ヨガに戻りました。

今も毎日欠かさず続けています。

たった5分で、体が変わる

ヨガを続けている一番の理由は、シンプルです。

体が変わる実感があるから。それだけです。

朝にヨガをすると、まず体が軽くなります。

眠っている間に凝り固まっていたところが、ほぐれていく。

肩も、背中も、じわじわと緩んでいく感覚があります。

そして不思議なのですが、意識しなくても姿勢がよくなっています。

ヨガが終わった後、自然と背筋が伸びている。

それに気づくたびに、体はちゃんと応えてくれるのだなと思います。

気持ちの面でも変化があります。

ヨガをしている間は、今この瞬間にだけ集中できる。

頭の中のざわざわが、静かになっていく。

たった5分でも、この違いがわかります。

だから続けられるのだと思います。

強制終了が、ヨガを変えた

ただ、以前のヨガと今のヨガは、少し違います。

強制終了前の私は、常に効率を考え、忙しく走り続けていました。

そのころのヨガは、言ってみればスピードを調整するためのものでした。

忙しい日常の中で、体をリセットする手段。

ヨガが終わればまた走り出す、そういう使い方をしていたと思います。

でも、勾留という経験で全てが止まりました。

静かな空間の中で、ただ時間だけが流れる日々。

その中でヨガをすると、それまでとは違う感覚がありました。

急ぐ必要がない。

効率を考えなくていい。

ただ、体と向き合うだけでいい。

そうしてはじめて、体の声が聞こえるようになりました。

「ここが張っているな」「今日は疲れているな」——体はずっと語りかけていたのに、走り続けていた私には聞こえていなかったのだと思います。

感謝が、自然に湧いてくる

強制終了後のヨガで、もうひとつ気づいたことがあります。

自分を労いながらヨガをするようになった、ということです。

以前は「もっと深く」「もっと丁寧に」と、どこかで自分に要求していた気がします。

でも今は違います。

「今日もここまで動けた」「この体でいてくれてありがとう」——そんな気持ちが、自然と湧いてくるようになりました。

そうしていると、涙があふれることがあります。

悲しいわけではありません。

つらいわけでもありません。

ただ、じわじわと感謝が満ちてきて、気づいたら涙が出ている。そういう感覚です。

体は、ずっとそこにいてくれていた。

どんな状況でも、どんな日々でも、黙って支えてくれていた。

そのことに、ヨガをしながら気づかされます。

ヨガは、体を整えるものだと思っていました。

でも今の私にとっては、自分に戻るための時間です。

静かにマットの上に立つたびに、自分の体と、自分という存在に、ありがとうと言える。

そういう時間になっています。

おわりに

そしてヨガの中で私が特に大切にしていること——それが「呼吸」です。

深呼吸ひとつで、こんなにも変わるのかと気づいたそのことについては、また別の記事で書こうと思っています。

ヨガは、特別な道具も、広い場所も必要ありません。

たった5分でいい。

マットを広げて、体を動かす。

それだけのことで、体は応えてくれます。

もし今、毎日を忙しく走り続けているなら。

あるいは、体の声をしばらく聞いていないなら。

朝の5分、自分のためだけに使ってみてください。

体を整えるためでなくていい。

うまくやろうとしなくていい。

ただ、自分に戻るための時間として。

きっと体は、ちゃんと応えてくれます。

今日も、ここまで読んでくださってありがとうございます。🌷

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